受験期間、娘が勉強しないと
嘆くことが多かったのですが
それは私の前だけであって娘は塾で
しっかり勉強をしていました。
後、夫がいうには私が寝た後の深夜
やっていたようです。(夜型)
早慶って一日14時間は勉強しないと
受からないとネットで知りました。
今思うにそれは偏差値~60くらいの
子のことを言うのかなと思います。
娘、週末はお昼から夕方まで、
平日は放課後から塾が終わる
時間(22時まで)ということで
長くて5時間くらいでしょうか。
夏の間は海へ行ったり
花火大会もお祭りも行きました。
こんなに勉強時間が多くないのに
何故に早稲田に受かったのか?
それは、高3スタートの時点で
英語のみ学年一位レベルだったからです。
(ベネッセ偏差値80。お友達の息子くんと同じ)
娘は国語と日本史を勉強したら良かったのです。
当初国語は偏差値は60、日本史は50くらい
だったでしょうか。
私はずっと言ってました。
「皆が英語やってる間に国語と日本史するんだよ」
すぐに結果が出てきたのは国語でした。
6月には共テ模試で8割取れて
塾の先生から「やったやん」って
言われてました。
そのうち9割取れる日も出てきて
国語は問題ないかなと思いました。
(でも実際は一番安定しなかったのが国語)
問題は日本史です。
娘は暗記がとっても苦手です。
日本史の授業自体は面白くて好きだけど
覚えるとなると途端に抜けていってました。
夏頃やっても仕方ないと思ったのでしょうね。
夏からSILSのAO対策もやってて
多分日本史まで手が回らなかったと思う。
AO不合格がわかったのが11月半ば。
娘は受かった気でいたので
いよいよ焦りが出てきました。
12月末くらいでしょうか、
塾の先生から「日本史が間に合わないかも」と
言われました。
共テ直前の模試では日本史4割の時もあり
この時は娘を責めるわけにもいかず
「そうなんだね」と感情を抑えるのに必死。
そして迎えた共テ、日本史と国語は
まったく同じ点数、7割台でした。
国語はいつもより悪かったですが、日本史は
着実に力をつけてきていると私は感じました。
(そしてこの時共テ振るわずSILSと
人間科学部が合格難しいと知ることになる)
共テが終わったくらいから
東京へ行く前、およそ3週間
この時期だけは朝から夜まで勉強してました。
実際、日本史が間に合っていたかというと
それはないと思っています。
早慶クラスでも全部を暗記するのは
難しい。まさに運も作用します。
娘が受かった学部の問題は娘の得意な分野でした。
塾の過去問ではその学部だけは
高得点が取れていたのです。
つまり相性がとても良かったのと
思っています。
(息子くんのいう、行くべきところに受かる)
試験が終わった後いつもと同じ様子でした。
普通に会話して普通に食事して。
でも手応えがあったと後から言ってました。
ちなみに通った塾は河合塾マナビスです。
私が準備した参考書などは使用せず
塾のみで勉強してました。
娘には合っていたようです。
(高額でしたけどね、泣)
ちゃっかりランチは楽しみました。
大好きなフォーを食べまくりました!
娘は学校もサークルも一人暮らしも
楽しんでいるみたいです。
ちゃんと自分で起きて
自炊もしているようです。
部屋に足りない家具などを吟味して
買っております。
お友達の息子くんから頂いた
素敵な作品も飾るのかななんて
妄想が止まりません(笑)
今日はこれからバレエサークルへ
出掛けるようです。
そういえば私がいない方が
しっかり者スイッチが入ってました。
私も娘が近くにいない生活
意外と楽に感じます。
近くにいると気になって
仕方がないので・・
受験期東京にいた3週間が夢のようです。
楽しく辛かった思い出。
娘は移動時や部屋に滞在しているときは
参考書など開きませんでした。
持っていったのは各大学の「赤本」と
まだ新しい「鉄壁」の単語帳。
何をやっていたかというと
スマホ見てました(苦笑)
本は読み出すと止まらないからと
しばらくは封印してました。
受験日の前の日に
夜になると赤本を取り出して
数年分やってました。
もしかしてその時初めて
赤本見ましたか?(聞いてません)
娘は「今更やっても」が口癖でした。
そんな様子を見ていて
私のストレスはピークに達していました。
フリでもいいから私の前では
勉強してほしいと思いました。
多分私が部屋にいると
勉強出来ないんだろうなと思ったので
不動産を見に行ったり
大学の周辺を散歩したり
足を延ばして美術館へ行ったりして
過ごしていました。
(これはこれで楽しかった)
何のために自分がいるんだろう。
こんなんじゃ地元に帰れば良かった。
娘と言い争いになったのは
一度だけありました。
それは立教大学の入試の直前。
歩きながら酷い言葉を言って
別れた後後悔しました。
それが響いたかもしれませんが
不合格になりました。
娘の場合、`勉強は1月で終わっていた`
のだと思います。
そう思うと東京にいる間
娘のやっていた事に合点がいきます。
わかってからは私も腹をくくり
娘と楽しむ方を優先しました。
あと自分が特に気を付けていたことは
試験が終わっても「どうだった?」と
聞きませんでした。
なんとなく落ち込んでいたり
機嫌が良い様子を見て
試験の出来を知ることが出来ました。
地方からの東京私大受験、私たち親子みたいに
3週間もいる方が少ないかと思います。
宿はホテルだと高いから
エアビー使いました。
少しでも参考になれば・・
娘は姉宅にいて今日から
一人暮らしのお部屋に移ります。
姉から様子が送られてきてましたが
元気に楽しく学校へ行ってると
言ってました!
今って早稲田生も
都内や関東出身者が7割と聞きます。
(昔は地方出身者が多かった?)
入学式に娘に話しかけてた
男の子も都内在住のスマートな雰囲気の
男の子でしたよ。
バンカラっていうのは昔のイメージかな(笑)
ただ私は娘の付き添いで行ったとき
親子ともに地味な雰囲気の方が
多いなと感じました。
まだ受験ネタがあるので
お付き合いください^^
今日は共通テスト利用について
書きたいと思います。
私大入試方式の一つである共通テスト利用は
一般入試よりもボーダーが高く
設定されているということは
ご存知でしょうか。
娘の高校の先輩、
中学時代とか優秀だった先輩が
地元の私立大学や実力より下の
大学へ通っているというのを知った時
違和感を感じました。
おそらくですが、国立大学を目指していて
不合格になり共通テスト利用で受かった大学へ
進学したのではないかと思います。
共通テスト利用は
地方在住者にとって受験会場へ行かなくて良く
受験費用も安いため学校から勧められます。
勧められるけれど本来の実力の
二段階下の大学にしか受からないとは
一言も言われませんでした・・
私はネットの情報で知ったのですが
滑り止めの滑り止めに受かるのが普通みたいです。
娘の場合、滑り止めの滑り止めは
学習院大学になります。
いや、本来はそうはなってないのです。
学習院大学も難しいのだから。
娘が「上智大学も入れたい」と言ったとき
「共通テスト利用はよっぽどじゃないと
受からない」と言いました。
でも国語の共テ模試が9割取ったときも
あったのでもしかしたらいけるかもと思い
上智大学、立教大学、学習院大学の
3校の出願をすることに。
(共テ前の出願なので結果わからず
出願します)
当初早稲田SILSが共通テスト併用型だったので
国語と日本史の共テ対策だけはしていました。
(東京外大は共テ終わった後決めました)
今年の共テは難化すると言われており
国語が難しかった方多かったと思いますが
娘もやはり国語が良くなかったです。
結果、上智大学はもちろん
学習院大学も不合格です。
しかし立教大学には合格していたのです。
河合のバンザイシステムでは
C判定だったので、
不合格なのねと思ってました。
でもここでも助けられたのが
IELTS7.0でした。
このスコアにより点数アップで
合格することが出来ました。
ただしこの合格を知ったのは
大分後です。
最初に合格とわかったのは
学習院大学の一般入試。
共通テストの結果がいまいちで
どこに受かるかわからない
状況のときにわかった合格。
(行くかどうかは別として)
これにより娘の心は軽くなり
後に続く試験に気分よく
臨むことが出来ました。
共通テスト利用は
滑り止めの滑り止めに進学する意思が
あるのなら利用すると良い制度だと
思いました。
娘と離れて一週間、私は我慢しました。
娘に質問することを。
今は引っ越しで要件のラインはするのですが
「今日はどうだった?」とかの内容は
してないです。
代わりにベティとフランクの写真を
送っています。
そしてお休みの日曜日
ライン通話を一時間ほどしました。
たくさんお話できました(涙)
明日授業が始まるそうです。
希望していた科目も全部受けることが
出来るようで。
一週間ぶりの娘は元気そうでした!
(娘は姉宅に滞在しているのですが
毎日姉から報告あり)
入学式等で忙しかったので
既に受験が遠い過去のようです。
娘が受かった学部、まさに奇跡のようです。
早稲田は東大や京大受ける子たちの
滑り止め、多くのYou Tuberが
狙うの止めた方がいいと言ってます。
学生証もらうまで「本当に受かったのかな」
心配でした。
今回は娘が受けた大学と方式を
公開したいと思います。
(イニシャルにしようか迷った)
学習院大学 共通テスト利用・コア入試
立教大学 共通テスト利用・全学部・個別
早稲田 文学部 英語4技能・一般
早稲田 文化構想学部 英語4技能・一般
早稲田 人間科学部 一般
早稲田 国際教養学部 一般
早稲田 教育学部 一般
東京外国語大学 国際日本学部
あ、上智大学の共通テスト利用もありました。w
まるで都内在住の学生のように
3週間みっちり受験してきました。w
本当に無駄じゃねーのか、と思われそうですが
娘いわく、一つも無駄ではなかった。
あの内容、あの順番だったから
志望してた学部に受かったのだと。
第一志望に受かったから
今は良かったと言えますが
落ちてたら「何してるんだろう」と
思うでしょう。
まさに結果オーライ。
そしてなんと娘は
立教大学の個別試験(国・英・社)は
不合格です。
全学部入試と共通テスト利用は
合格しました。
一般的な情報では
全学部(国・社)より個別(国・英・社)の方が
受かりやすいと言われております。
何故かというと全学部は
英検など準一級以上取得者が多く
勝負出来るのは国・選択科目のみだからです。
そこで娘がなぜ全学部に受かり個別で
不合格になったのか理由を言います。
娘には最強の武器がありました。
IELTS7.0(英検1級相当)が
あったからです。
そして全学部の場合、国語と選択科目が
高得点でないと受からないと言われてます。
日本史のヤマが当たりました。
IELTSと日本史のヤマが
当たったことにより合格したのだと
思います。
立教大学は今年志願者数が特に
増えていたのだそうです。
英検も準一級取れば良いと
言われてます。
娘は高2で準一級取得しましたが
スコアが2300でそこまで高くないです。
そのままで受験していたら
恐らく不合格でした。
だから準一級でも高いスコアか
IELTSで7.0を目指すと
合格に近付くと思います。
立教大学合格は難しいですよ。
東京へ行って帰ってきました。
たった一週間なのに濃密な日々でした。
まずは京都旅行、2泊。
会いたかった子に会い
見たかった仏像、お寺へ行きました。
京都はもっともっと見たいものがあるので
夫と行ったり一人旅も楽しみたい。
そして入学式や新生活準備のために東京へ。
入学式当日は雨模様だったけれど
午前中は曇りで写真は撮れた。
看板の前で撮りたかったけれど
場所がよくわからず断念。
(後に大隈庭園と知る)
あれよね、大学は積極的に情報を
取りに行かないといけない場所です。
娘は終始ご機嫌で笑顔の写真が撮れました。
そしてそして最終日の夜
お友達Mちゃん親子に会うことが
出来ましたーー!
昨年夏に息子くんにとーってもお世話に
なったのでそのお礼に。
(私はコッソリ見ていたので
息子くんの素敵さは知ってた)
息子くんと娘ちゃんに
やっぱりよく似ているのよね。
とても他人とは思えないのよ。
このご縁が続くことを願います。
Mちゃんはやっぱり話しやすく
多くの子供達がMちゃんには
心を開くっていうのがわかりました。
娘も勿論♪
今度また会いたいお友達と会いたいな。
そして次回受験について
続きを書きたいと思います。
娘、あと2日したら出発です。
やっぱり準備は一日前です。
3日分の洋服しか持っていかないといいます。
文机と鏡台が欲しいと言い
サークルは2つ入る予定。
移動は電車を使わず
家から学校までは自転車でと言う。
初めての自分用パソコンは
箱から出してそのまま。
こんなんで大丈夫かしらね。
心配が尽きないですが
いよいよ手放すときが来ました。
夫と二人で帰ってきたときに
実感がわくのでしょうね。
とりあえず入学式へ行ってきます。
2月に私がお店にいなかったし
行く前も「受験でいません」と公言していたので
3月に入ってから
気になってた方々がお店に来てくれてます。
娘のクラスメートのご家族も
たくさん来てくれて。
娘は(もちろん)いませんが。
嬉しいことにみーんな喜んでくれて
誰ひとり嫌味を言ってくる方はいません。
担任と塾の先生に娘が報告した時は
娘の実力を知っていたので
しばらく呆然としていたようです。
(まさかと思ったようです、笑)
そう、チャレンジ受験でした。
娘の受かった学部はずっとE判定でした。
受験者数は1万人、倍率は10倍。
私は全部の受験に門まで付き添ったので
どれほどの受験者がいたか知っています。
だから私は「ここに受かるわけない」と
思ってしまってました。
功を奏したのは娘が積極的に
情報を得なかったこと。
倍率なんて知りません。
思い返せば東京にいる間、
ちゃんと勉強したのはこの学部だけでした。
娘なりに「絶対受かりたい」という思いが
あったのかもしれません。
受験は情報戦と言われてますが
子供は情報は過度に得ない方が良いかもしれません。
一番最初の受験は雪でした。
キャンパスが遠く電車も遅延。
こんな時に~と心配しましたが
GMARCHの一つ、全学部入試で
合格しました!