一年前の今頃、SILSのAOを受けた後でしたね。
あれからこんな運命辿るとは思ってませんでした。
AOが不合格だったことは伏線のようで
あの時があったから今がある。
今思えば全てのタイミングが悪いようで良かった。
お店の開業が娘高2。
朝も夜もお仕事して時間にすると
過労死レベル(残業月80時間~)まで働いてました。
その時の記憶はありません・・
いよいよ受験生の高3は学校と塾の送迎が
仕事始めと終わりのタイミングが一緒で。
娘学校が終わると一旦お店に寄って塾へ行ってました。
お店を拠点に動いてる感じでした。
AOの受験と一般受験のために
随分前から宿の手配。
一般受験は3週間分の宿。
これはホテルだととても無理なので
エアビーで探しました。
皆さん意外とエアビー知らないのです。
大学からすぐ近くのエアビーで2週間。
その後移動して他で1週間。
同じこと考えてる生徒さんも見かけましたよ。
彼は一人で宿泊していました。
AOの方は2泊だったのでホテルにしましたが
安いホテルの場合はテンション下がるので
少し良いホテルにした方が良いですね。
共通テストの日は良いホテルにしました。
ホテルはキャンセルも出来るので
なるべく早く手配するのが良いです。
2月の一般受験、一番頭を悩ませていたのは
仕事を長い間休むことでした。
私の代わりを探さないといけないですよね。
当時働いてくれていたネパール人のKくんは
とても働き者で頑張り屋さん。
彼にしようと夫と決めました。
ホールは日本人がしたら良いので
Kくんには調理の方を任せました。
当時はこんな時に開業するなんてと思ってましたが
そもそも一般の会社にいたら
3週間の有給なんて取れませんでしたから
結果的にはよかったです。
私がいない3週間、みんな頑張ってくれて
すごーーーく成長した姿が見れました。
(自分の方が出来ているのではなく
オーナーだから全部出来るの当たり前)
そして娘はクリスマス~お正月明けまで
まったく勉強ができない日がありました。
これは気持ちの整理がつくと書きたいのですが
あの時はここ地獄かなと思いました。
その後の共テも出来ませんでした。
振り返って思うこと
大事なのは強い意思なのかなと思います。
妥協せず目標を設定してそこに向かって動く。
絶対に譲れないものは娘の受験でした。
ここだけは守ると思ってやってました。
娘も絶対受かりたいっていう気持ちが
あったのではないかな。
自分が頑張ったように書いてますけど
一番頑張ったのは間違いなく娘です。
(そして受験に口出しせず
仕事を頑張った夫)
母は美術館へ行ったり
美味しい物を食べたりしてました。
楽しむことも大事ね。

