2026-05-03

勉強時間 娘の場合

受験期間、娘が勉強しないと

嘆くことが多かったのですが

それは私の前だけであって娘は塾で

しっかり勉強をしていました。

後、夫がいうには私が寝た後の深夜

やっていたようです。(夜型)


早慶って一日14時間は勉強しないと

受からないとネットで知りました。

今思うにそれは偏差値~60くらいの

子のことを言うのかなと思います。


娘、週末はお昼から夕方まで、

平日は放課後から塾が終わる

時間(22時まで)ということで

長くて5時間くらいでしょうか。


夏の間は海へ行ったり

花火大会もお祭りも行きました。


こんなに勉強時間が多くないのに

何故に早稲田に受かったのか?



それは、高3スタートの時点で

英語のみ学年一位レベルだったからです。

(ベネッセ偏差値80。お友達の息子くんと同じ)

娘は国語と日本史を勉強したら良かったのです。


当初国語は偏差値は60、日本史は50くらい

だったでしょうか。

私はずっと言ってました。

「皆が英語やってる間に国語と日本史するんだよ」


すぐに結果が出てきたのは国語でした。

6月には共テ模試で8割取れて

塾の先生から「やったやん」って

言われてました。

そのうち9割取れる日も出てきて

国語は問題ないかなと思いました。

(でも実際は一番安定しなかったのが国語)


問題は日本史です。

娘は暗記がとっても苦手です。

日本史の授業自体は面白くて好きだけど

覚えるとなると途端に抜けていってました。

夏頃やっても仕方ないと思ったのでしょうね。


夏からSILSのAO対策もやってて

多分日本史まで手が回らなかったと思う。

AO不合格がわかったのが11月半ば。

娘は受かった気でいたので

いよいよ焦りが出てきました。


12月末くらいでしょうか、

塾の先生から「日本史が間に合わないかも」と

言われました。

共テ直前の模試では日本史4割の時もあり

この時は娘を責めるわけにもいかず

「そうなんだね」と感情を抑えるのに必死。


そして迎えた共テ、日本史と国語は

まったく同じ点数、7割台でした。

国語はいつもより悪かったですが、日本史は

着実に力をつけてきていると私は感じました。


(そしてこの時共テ振るわずSILSと

人間科学部が合格難しいと知ることになる)

共テが終わったくらいから

東京へ行く前、およそ3週間

この時期だけは朝から夜まで勉強してました。



実際、日本史が間に合っていたかというと

それはないと思っています。

早慶クラスでも全部を暗記するのは

難しい。まさに運も作用します。

娘が受かった学部の問題は娘の得意な分野でした。

塾の過去問ではその学部だけは

高得点が取れていたのです。

つまり相性がとても良かったのと

思っています。

(息子くんのいう、行くべきところに受かる)



試験が終わった後いつもと同じ様子でした。

普通に会話して普通に食事して。

でも手応えがあったと後から言ってました。


ちなみに通った塾は河合塾マナビスです。

私が準備した参考書などは使用せず

塾のみで勉強してました。

娘には合っていたようです。

(高額でしたけどね、泣)






ちゃっかりランチは楽しみました。

大好きなフォーを食べまくりました!