立教大学と早稲田大学の
得点開示がされていました。
娘に聞いてみると見たくないとのことで
私だけ見ました。
立教大学は昨年の最低点よりも
上だったけれど不合格でした。
過去10年で最も厳しい年だったようです。
でもこれは他の私大でも言われていますよね。
早稲田大学はSILSと人間科学部、
共に共テ(国・選択科目)で8割超えていたら
合格だったかも?って感じでした。
どの学部もやはり日本史が悪かったです。
そして教育学部は赤本を5年前のを使用していて
直近のをやっていなかったので
傾向がすっかり変わっていたようです。
私大文系に関してはマスクド先生も言われてますが
MARCH以上のレベルになると
横並びの学力なのだと思っています。
そこで頭一つ出るにはどうするか。
勉強してることが前提で
他の子が出来ない問題を解く、勿論です。
マスクド先生は直前に見てた問題が出たと
言ってました。
娘も同じようなこと言ってました。
受験の神様いると思います。
日頃の行いが大事です。
(怪しいので)これ以上は言いません。
受験記録はこれでいったん終わりにします。
思い出すことがあればまた記します。
結果がわかっていたら志望学部一択。
一見無駄に見える数々の受験、
何一つ無断なことはなかった
娘から言われた一言で私は救われました。
だからお友達親子はすごいのよ。
友人から娘のことを聞かれて
受かったよーと言うと
「やっぱりNちゃん、もってるんよ」
と言ってました。
もってる娘は今日もご機嫌で
過ごしていると思います。
本当によかった。
姉からこんな内容↓の記事が
送られてきて「Nちゃんは大丈夫ね」と。
姉が見ていて娘は東京の大学生活楽しんでると。
娘が東京で暮らし始めて
心配しない日なんて一日もありません。
所属サークルのXを見て少しの情報でも
見つけることが出来ると嬉しいです。
私と娘のLINEは用事やそっけない会話くらいで
本当は上のお母さんのように「大学どう?」って
聞きたいけれど鬱陶しいかなと思って控えてます。
(週一でビデオ通話で一時間は話す)
どうやら娘はどの授業も一番前の席で受けていて
英語の授業では必ず一緒に受ける女子もいますが
大概は一番前なんて男子が多くて
女子の友達がなかなか作りづらいと言ってます。
でもサークルの仲間と連休中には遊びに行ったり
高校時代の友人と「プラダを着た悪魔2」を観たり
アルバイトの応募も既にしていたりして
本当に充実しているもよう。
お友達と息子くんも気に掛けてくれて
様子を伝えてくれるのが嬉しい。
何より姉から送られてきた写真を見て
幸せそうで、私気付いたら泣いてました。
受験期間、娘が勉強しないと
嘆くことが多かったのですが
それは私の前だけであって娘は塾で
しっかり勉強をしていました。
後、夫がいうには私が寝た後の深夜
やっていたようです。(夜型)
早慶って一日14時間は勉強しないと
受からないとネットで知りました。
今思うにそれは偏差値~60くらいの
子のことを言うのかなと思います。
娘、週末はお昼から夕方まで、
平日は放課後から塾が終わる
時間(22時まで)ということで
長くて5時間くらいでしょうか。
夏の間は海へ行ったり
花火大会もお祭りも行きました。
こんなに勉強時間が多くないのに
何故に早稲田に受かったのか?
それは、高3スタートの時点で
英語のみ学年一位レベルだったからです。
(ベネッセ偏差値80。お友達の息子くんと同じ)
娘は国語と日本史を勉強したら良かったのです。
当初国語は偏差値は60、日本史は50くらい
だったでしょうか。
私はずっと言ってました。
「皆が英語やってる間に国語と日本史するんだよ」
すぐに結果が出てきたのは国語でした。
6月には共テ模試で8割取れて
塾の先生から「やったやん」って
言われてました。
そのうち9割取れる日も出てきて
国語は問題ないかなと思いました。
(でも実際は一番安定しなかったのが国語)
問題は日本史です。
娘は暗記がとっても苦手です。
日本史の授業自体は面白くて好きだけど
覚えるとなると途端に抜けていってました。
夏頃やっても仕方ないと思ったのでしょうね。
夏からSILSのAO対策もやってて
多分日本史まで手が回らなかったと思う。
AO不合格がわかったのが11月半ば。
娘は受かった気でいたので
いよいよ焦りが出てきました。
12月末くらいでしょうか、
塾の先生から「日本史が間に合わないかも」と
言われました。
共テ直前の模試では日本史4割の時もあり
この時は娘を責めるわけにもいかず
「そうなんだね」と感情を抑えるのに必死。
そして迎えた共テ、日本史と国語は
まったく同じ点数、7割台でした。
国語はいつもより悪かったですが、日本史は
着実に力をつけてきていると私は感じました。
(そしてこの時共テ振るわずSILSと
人間科学部が合格難しいと知ることになる)
共テが終わったくらいから
東京へ行く前、およそ3週間
この時期だけは朝から夜まで勉強してました。
実際、日本史が間に合っていたかというと
それはないと思っています。
早慶クラスでも全部を暗記するのは
難しい。まさに運も作用します。
娘が受かった学部の問題は娘の得意な分野でした。
塾の過去問ではその学部だけは
高得点が取れていたのです。
つまり相性がとても良かったのと
思っています。
(息子くんのいう、行くべきところに受かる)
試験が終わった後いつもと同じ様子でした。
普通に会話して普通に食事して。
でも手応えがあったと後から言ってました。
ちなみに通った塾は河合塾マナビスです。
私が準備した参考書などは使用せず
塾のみで勉強してました。
娘には合っていたようです。
(高額でしたけどね、泣)
ちゃっかりランチは楽しみました。
大好きなフォーを食べまくりました!